七夕に月。

月がまんまるで「綺麗」と口にした昨夜22:30@長岡造形大。
東山なら、もしやタヌキが踊っていそうなくらいの、
幻想的で、でもすかっとした月。

帰りの車の窓から月を見上げて、
うちに戻ってアイスを食べながら、
ベランダで、机で、屋上で、見上げる月。

いつも月は見上げられ眺められる象徴みたいなものなのに、
妙に親近感というか、決してあがめ過ぎることはない存在。
相応しい距離感なのか、それはお天道様とも、無数の星々とも違っていて。

いつも静かにそばにいるっていうことはそういうことなのかもしれない。

太陽のような、地球や生き物にエネルギーを降り注いでくれる存在も居る。
星々みたいな、その数や輝き瞬きによってのイベント的美しさに感嘆することもある。

でも、月ってどっちとも違っていて。
勝手に地球上の自分が意味づけたところで、何の確証もないのだけど、
”寄り添う”っていう言葉は、太陽とも星とも違って、
月に感じる言葉なんだろうなあとぼんやり思ったアイス3本目。

エネルギーをもらっていたはずの力強さには、
そのエネルギーゆえに圧倒されてしまうことがある。
日々いろんな表情を見せてくれる刺激的な美しさには、
その多才さゆえに目眩がして自分の足もとが見えづらくなることがある。

月は静かで寛容だ。
だから、そのまんまるい黄色に、
ヒトは自分の悩み不安や思い込み、好きなヒトの言葉、
多様なればこそ、いろんなものを勝手に重ね見て、
月は、それでも静かに寄り添ってくれているのだと思う。

月は毎晩、いつもカタチを変えずに頭上に静かにあるから、
そんなお馴染みな見方を繰り返されても、絶えず寛容で。
多様さってのは、そんな静けさのなかにこそあるんだ。

星に配慮してそうな七夕の月。
夜のそんな時間。
それはそれで、屋上は優しい。


<凡人にしか見えねえ風景 ってのがあるんだ>
(松本大洋『ピンポン』)

投稿日:2009.07.08
投稿者:straightreさん
掲載ブログ:hands across the Japan
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