頂きと月とお開きと。

「八十八」と書いて「米」。
その米がつくられるまでの八十八手間の書。
畦踏み。代掻きなど、いざ田植えまでにまず三十三手間あるらしい。

手間。
手と手の、その間。
自分の手と手。自分と誰かの手と手。

手にはその人の記憶が宿っていると思っています。
どんな人生であろうと、それぞれの手は語らずにじっと記憶していると信じてます。
善いことも、そうでないことも。

手をつなぐ、ということはなんだかとても照れくさいですが、
好きな誰かと、握手することで距離感が縮まることはたしかにあると思う。
手をつなぐことは、記憶と記憶を合わせること。
その人のこれまでと、自分のこれまでとの遭遇。
繋ぐこと。
繋いで、輪にすること。

だから、間接的でも、
「ご縁だなあ」と感じたものに対しても、人はときどき掌を合わせたりするんだと思う。

昔、妻有の山奥で農業を教えていただいた職人のチュウキチさんが、
ある飲み会の夜に、
「俺はこの手があれば、どこでだって生きていける。
誰よりも何よりもこの手にだけは自信があるんだ」
と、顔を真っ赤に染めて自分の手をじーっと見つめながら話していたなあ。
無口で照れ屋な親方だったけど、あんなに誇らしげに語る一面を持っているなんて。
板金屋と農業と出稼ぎの生き方を年毎に刻んだ手は、
言葉よりもたしかな強度で、言葉にならない多様な物語を宿していた。
手に触れるだけで、泣くこともあるんだと、自分はそのときに初めて知った。

自分の親は、自分の好きな人たちは、どんな手をしていたんだろう。
今からでも間に合うだろうか。

* * *

永続的に繰り返される手間の八十八。
その手間で育まれる八十八。
八十八の角度から成る一粒の八十八。

「頂きます」って、
掌を合わせてご飯を食べる仲間や空間や時間を、
もっと大切に噛み締めようと想う。


* * *


日曜。
柏崎での自然農研修。
田植え前のお米の話がおもしろかった。


苗1本から約1000粒。
ご飯お茶碗1杯で約2500粒。


子どもも田植えに畑にと活躍する。
田植えや座学でオトナがくたびれそうなとき、
ちびっ子が絶妙のタイミングで、絶妙の言葉を発してくれる。

昨日は同じく長岡からお越しの然(ぜん)くんが大活躍。
素敵な名前だ。
いただきたい。あやかりたい。
そのお母さんもまた素敵で、染め物の人。
センセイがいたり、同じ大学だったり。
話ていると、皆どこかしらでつながっていて、不思議とご縁。
うちの職場の話もたまに出てくる。

もっと二本の足でもってしっかり大地をわしっと踏むニンゲンになりたい。
揺るぎないそのナニガシカが欲しい。

守るもの/捨てるもの。


* * *


今日は今日で慌ただしかったけど、愛車も自分も検査な一日。
知人に頼んだ車検がすんごく良心的で至れり尽くせりですんごく有り難い。
先週検査をお願いしてあったドクターからも結果報告。
睡眠は大事、お酒もそこそこに、
それをないがしろにしない上での、農的生活ガンガンしても可、
と無事に笑ってお開き。

なんだかいろんなことがすっきりさっぱりして、
長岡駅前の馴染みの居酒屋へ散歩開始の19:00。
瓶ビール2本と適当に喰わしてもらって1500円の時間を買う。
帰るつもりが左右の常連さんにビールを5,6杯いただいて、さらにもう1時間。
前よりも精悍になったなと評されたのは素直に嬉しい。

じゃあ、お先です、おやすみなさい、
と、銭湯のようにほっこり席を立てるのが毎度ながらに善い。


<人間の生命というのは不思議なもので、
自分のためだけに生き、自分のためだけに死ぬことができるほど強くない>
(三島由紀夫)

投稿日:2009.06.14
投稿者:straightreさん
掲載ブログ:hands across the Japan
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