雫。

<胸に手を当てて思いいたせば、
私たちは常に何らかの役割(人格)を自らに振って、
その場その場を生きている。

自分とはその意味で他人なのだ。>


明日の新聞が休みという知らせに気を良くして、屋上へ。
日経紙ではあっても”文化”が目当てで、真っ先に読み始める。
作家の久間十義さんという方の上記文章が目に留った。

あ、いいなあ、と赤い線をなぞった瞬間、
ぽつりと突然雨が落ちだして、
留っていた目の先にあった、<役割>という文字の上が
ぽたりと濡れた。
濃くにじんだ雫は、闇にぽっと灯った明かりにも似ている。


空から雨は無数に降れど、
いま、この<役割>という目の先に堕ちた雫は、
どれだけの上空から、どれだけの風圧と時間とをかけ合わせて、ここに着地したんだろうか。
”着字”。

雫。
この雫が、それでも留ったままの目に映る”雫”の形になる前は、
もともとどういう水だったんだろう、などと新聞から顔を空に上げて想う。
誰かの熱燗の湯気かもしれない、
亡くなった誰かの肉体の水分だったのかもしれない。

「恵みの雨」といわれるけれど、
それは今に生きる動植物の為の単なる言葉だけではなくて、
そうした、ヒトや草木や他の動物、土、人工的なモノが形を変えたり、
なくなったりすることの”取り換え”を目に訴えることかもしれない。

そういう、物言わない物語だってあると思うし、
そっちの方がむしろ、響いて染みるもんだなあとも感じる。

この屋上があって善かった、と今日もまた思う。


* * *


<優しくて、とても冷たい
あなたは月のようで>

投稿日:2009.06.14
投稿者:straightreさん
掲載ブログ:hands across the Japan
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