池島信平のこと

2009年5月5日記

池島信平のこと-11 母カタ子の先祖の墓

「池島信平対談集 文学よもやま話 上」の野上弥生子との対談で、母カタについてこんな話をしています。

(以下引用)
池島 いや、お元気でなによりです。わたしの母も八十三ですが、元気でしてね。いまだ頭が上がりません。この間も軽井沢の寮にいたのですが、「お盆で墓参りするから、連れていけ」・・・・・・。そこで、車で柏崎までいったんです。親類縁者、みな集めましてね、お墓の前にござを敷いて、「先祖は全員酒飲みばかりだったから、信平、お墓にたっぷりお酒をかけておやり」。こう申すんです。そして、その後は冷や酒の宴会で、まあ、その元気なことといったら・・・・・・(笑)。

(引用終わり)

その墓というのはこの写真のもので中央の墓石には嘉永二年 福相勇貴信士霊位と刻まれている。また左の小さな墓石には明治三十五年 金子常三郎建之 屋敷先祖大倉与左エ門と読み取れる。
カラー写真の中央がカタ子、その後ろが池島信平、右手の青年が写真提供者の金子享司氏、現在78歳である。左は昔、佐藤酒造店だった「酒屋」と言う屋号の家の佐藤忠雄氏の母堂フミで現在96歳でご健在である。

投稿日:2009.05.19
投稿者:Tsato032さん
掲載ブログ:日本・モンゴル往来日記
※SNSなどログインしないと閲覧できない場合がありますので、ご注意ください。

拍手する
302拍手

注目のブログはこちら


閲覧したブログに応援の気持ちを込めてボタンをクリックしましょう。押されたボタンの回数は、カウントされ、サイト管理者の励みとなり、やる気となって、今後のブログ更新の励みになっていくことでしょう。

このページの先頭へ

created by CS-REPORTERS